第1回日米共同産学ワークショップ '94 報告書(1995年3月)

「新たな産学関係を求めて」


<概要>

日本産学フォーラム(旧称「産業技術等に関する国際交流委員会」:BUF(Buiness-University Forum of Japan))の主催による日米産学ワークショップが1994年10月31日から11月1日にかけて、東京のホテル・オークラで開催された。内外の産業界および学術界、官界のトップリーダー180人が参加し、21世紀に向かっての産学関係の見直しをテーマに活発な議論がなされた。

まず、主催者を代表して近藤次郎、「産業技術等に関する国際交流委員会」代表世話人が開会の挨拶を行った後、平岩外四、経団連名誉会長の基調講演があった。

平岩氏は「冷戦後の世界では産業界でも学術界でもこれまでの競争の概念と並んで協働(Collaboration)の概念が重要になってくる」と指摘し、協働を進めるためには「政府、産業界、大学といった異なる組織の間での協力がカギになる」と強調した。

また、午餐会では平山東京芸術大学学長が「日本の文化」と題して、日本の文化の起源を歴史を辿って説明、日本人の知恵としての二重構造の手法が支える「継続文化」と西欧などにみられる「一原理文化」が存在している事実を示し、時間がかかるが、文化の質の違いを国家間で理解することが重要であることを指摘した。

第一セッションでは「日米両国における産学の協力の現状と問題点はなにか」というテーマで日本側から産学の協力の現状と問題点について活発な議論が交わされた。例えば、産学関係でも国立大学が主の日本と私立大学が主ではかなり異なるという認識が共有された。また、米国ではリエンジニアリングが進行する中で大学への投資が衰退している、という危機感を大学側は持ち、企業はこれまで以上に見返りを期待するようになってきている。政府は巨大科学を重視し、大学も重点を基礎科学に置いてきたために、産業界の要望に十分こたえきれていない、といったアンバランスが生じているなど、率直なコメントが米国側からあった。

一方、日本の課題の一つに、国立大学と企業の連携がある。私立大学では人事や研究の交流がうまくいっていない。また、偏差値重視の入試制度を採用した結果、どの大学もミニ東大をめざすようになり、産業界の求める個性的な人材が育たないという問題の指摘があった。

両国ともに産学協働については多くの課題を抱えているなかで、産学が独自の立場を保ち、双方尊敬しながら、協働するという健全な方向に向かわなければならない。これは非常に難しい課題であるが、21世紀に向けてグローバルな視点から協働の仕方を考える必要があるとの点で認識を共有した。

第二セッションの「日米両国の研究開発における産学関係の課題と対応」では、研究開発に焦点を絞って議論された。米国では巨大科学への偏向によってそれ以外の科学分野で摩擦が生じていること。大学だけでは研究の的が絞れず、産業界からの示唆も重要になったこと。さらに、技術移転を円滑に進めるためには産業界と大学の人材の交流が必須であるとの指摘があった。産業のグローバリゼーションにともない、大学がグローバルな視点を持つことがより重要となってきており、また、変化が加速してきているだけに、世界的な協力とコミュニケーションが技術コミュニティでも必要で、そのためには、産学だけではなく政府を含めての協力も必要であるとの意見も米国側から出された。

一方、日本では目的を明確にした実質的な連携を求める企業側の要望に対して、大学側には十分に対応できる状況にはない。この理由として大学の研究環境の不十分さ、制度上の問題、大学人の考え方の違いなどがあるという点で認識が一致した。従来の大学の殻から脱していくために、個性に合わせた研究費の重点配分、産学の人材交流促進、大学でのマネジメントの改善などが必要で、この遂行には政府はもとより、産業界の支援が不可欠であるとの指摘があった。さらに、日本では私立大学と国立大学の制度上の格差が存在し、憲法まで遡らなければならないほど根深いとの指摘もあった。

結論としては、産学協働は大学には非常にメリットをもたらすものであり、適当なモニター制度さえできていれば産学協働に伴うリスクやデメリットは最大限回避できる。そして、この産学協働は米国がより経験のある分野であり、日本はこれを勉強していかなくてはならないが、双方とも学ぶ点は多いという共通認識を得た。また、国全体、健全な大学という観点から見ると、大学は研究大学だけではなく、多様性をもつべきであり、米国は研究大学を、日本は東大をモデルにする失敗を犯した、という面で反省すべきであるといった率直な意見もあった。

第三セッション「産学の場を通しての国際交流」では第一、第二セッションでの議論をふまえ、米国の産業、米国の大学、日本の産業、そして、日本の大学という4つの異なる文化の融合という課題や有用性について議論された。米国のBHEF(Business Higher Education Forum)の経験をもとに、産学の異なった文化を学び、互いに話し合える土壌、コミュニケーションのやり方を学んだことが、双方が協力するための土台をつくり得たと信じているとの報告もあった。本ワークショップが開かれたこと自体、産業界と大学が真剣に未来のために双方がなにをすべきかを考え始めたといえる、との意見もでた。

日本側の出席者の一部からは、世界的に学問が偏った方向に行きつつあるという懸念が示された。それを是正するために「産業界は大学に対して人間の社会にとって本当に必要なものは何かのシグナルを資金という形で送ってほしい。例えば、必要な研究に対する企業からの資金の重点的配分も一つのシグナル」と考えられる。また、日本の産業界は「企業側のニーズに対する大学の理解度、オープンな形での境界領域の複合研究、研究成果の活用の自由度、研究の継続性といった点で米国の大学との共同研究を高く評価している」という率直な意見が出された。これらの点は日本の大学が対応できていない点でもある、との声は強かった。

産学協働は大きな潜在的可能性を秘めており、産業界と教育界のリーダーが、対話を通じて社会の長期的な変化の方向を理解できれば、社会の再構築への原動力となりうること。日米それぞれに、異なる大学文化、産業文化を有していること。出席者の間では、これら4つの文化をまとめるにはその対話は次元を高める必要があること、を認識し、より深い文化の議論、お互いのニーズの理解を通じて何が社会にとって善であるかを考えるべきで、狭い利益にとらわれるべきではない、との共通の理解が生じた。

以上の議論をふまえ、第三セッションの議長である吉川弘之 東京大学総長は今回の成果を「我々が議論をし、コミュニケートするための軸というものを幾つか得たような気がする」としめくくった。

さらに、今後の展開に触れ、「我々は四つの文化(日米、産学)の壁を取り除く努力をしていくべきという提案があったが、その多次元空間の中で今後の議論が続けられる可能性があるという確信を我々が深めたということだ」と日米産学ワークショップが今後とも継続的に行われ、実りある成果を出す方向で努力が続けられることを希望した。

各セッションは日米双方の議長によりリードされ、メンバー間で活発な意見が交換されただけでなく、フロアーからも多くの有益なコメントがあったことを付記しておく。

第一目の議論の後、懇親会に入り、村山富市 内閣総理大臣の日米双方の産業界、学界のトップが忌憚なく意見を交換すること自体、大変有意義であり、今後も更なる交流を期待するという挨拶があり、続いて、与謝野馨 文部大臣から歓迎の挨拶があった。総理、メンバーワークショップの参加者、ならびに政府関係高官を含めての歓談の輪が広がった。

第二日目の分科会では大学の再構築ということで、大学人の役割や新しい学問分野を今の大学はつくりうるのか、が議論された。リーハイ大学ライキンス学長と西島日本学術会議副会長が前日のワークショップでの議論をふまえ、話題提供を行い、活発な意見の交換があった。座長の吉川東京大学総長は議論を締めくくり、「私たち日米両国は21世紀に直面し、世界をリードするという共通のターゲットを持っている」との原点を確認した。そのために「例えば、知識がどういう貢献をすることができるのか、また、安全で信頼性の高い人工的な環境や、より安定な経済市場をどう構築するか、といったことについて、日米の産業も大学も、率直に話し合う必要がある。日米の違いを必ずしも同一化するのではなく、その違いを十分に認識したうえで、共通のターゲットの実現に向けて、情報を交換しながら、今後日米の協力を進める必要がある」と締めくくった。また、日米だけでなく、アジアなどを含めて、積極的な協力関係樹立が必要との意見も強かった。


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